人はなぜ「自然な配色」を心地よく感じるのか?色彩研究から考えるフラワーアレンジメント
私たちは花を見たとき、「きれい」「心地よい」といった印象を、ほとんど瞬間的に受け取っています。
しかし、その印象は花の種類や形だけで決まるのでしょうか。
今回は、色彩検定協会の配信動画「何となく好きな色」で紹介されていた豊橋技術科学大学の中内茂樹教授の色彩研究を手掛かりに、人が好む配色と、フラワーアレンジメントにおける自然素材の使い方について考えてみたいと思います。
人はなぜ「自然な配色」を心地よく感じるのか?色彩研究から考えるフラワーアレンジメント
CIELAB色空間で色度分布を回転させる
元のアレンジメント画像について、中内茂樹教授らの研究方法を参考に、色彩構成を変化させた画像を作成しました。
具体的には、画像をCIELAB色空間へ変換し、明度を表すL*は維持したまま、a*–b*平面上における画像全体の平均色度点を中心として、色度分布をそれぞれ90度・180度・270度回転させています。画像処理には、プログラミング言語Pythonで作成したオリジナルプログラムを使用しました。

中内教授らの研究でも、原画の0度と、色度分布を90度・180度・270度回転させた画像を用いて、色彩構成に対する好みが比較されています。
色度分布の回転をアニメーションで見る
ここまで説明した色度分布の回転を、より直感的に分かりやすくするため、元画像から90度・180度・270度回転へと順番に切り替わるアニメーションを作成しました。
平均色度点の位置は変えず、その周囲に広がる色度分布の向きだけが変化していく様子を見ると、今回行った画像処理の意味がより分かりやすくなります。
CIELAB色空間における色度分布の回転アニメーション(Pythonにて筆者作成)
このように、画像の明るさや形を大きく変えなくても、色度分布の向きを変えるだけで、全体の印象は大きく変化します。
HSLによる色相変更との違い
今回の画像は、一般的な画像編集ソフトで色相だけを一律に動かしたものではありません。

画像全体の平均色度を中心として、各画素の色度分布そのものを回転させています。そのため、単純なHSLの色相変更とは異なり、花や葉、背景がそれぞれ独特な方向へ変化しています。



CIELAB色空間で平均色度点を中心として色度分布を回転すると、色と素材との関係が崩れているため、何となく不自然な印象や違和感が生じやすくなります。
HSLとは、色を色相( Hue)・彩度(Saturation)・明るさ(Lightness)の3要素で表す方法です。一般的な画像編集ソフトでは、Hだけを動かすことで画像全体の色相を一律に変更できます。
HSLでは「画像全体の各色の色相を同じ角度だけ変化させる」のに対し、今回の処理では「画像内の色度分布そのものを平均色度点の周囲で回転させる」ことが違いとなります。
同じアレンジメントでも、色彩構成を変えると印象が変わる
では実際に、それぞれの処理を施したフラワーアレンジメント画像を比較してみましょう。
皆さんは、次の4枚の画像のうち、どの色彩構成を最も心地よいと感じるでしょうか。
元画像

黄色や黄緑色を中心とした、明るく自然な印象です。花や葉の色と、それぞれの素材が持つ本来の色との関係も保たれています。
元画像の色度分布

上の図は、元のフラワーアレンジメント画像をCIELAB色空間へ変換し、画像を構成する各画素の色度をa*–b*平面上に散布したものです。
横軸のa*は、右へ行くほど赤方向、左へ行くほど緑方向を表します。縦軸のb*は、上へ行くほど黄方向、下へ行くほど青方向を表します。
散布図を見ると、元画像には黄色や黄緑色の花、緑色の葉が多く含まれているため、色度分布の多くがb*のプラス方向に広がっています。一方で、青方向や強い赤方向の色は比較的少ないことも分かります。
赤い点は、画像全体の平均色度点です。この平均色度点を中心として色度分布を90度・180度・270度回転させることで、元画像とは異なる色彩構成の比較画像を作成しました。
色度分布を90度回転

花の多くが黄緑に変化し、背景には赤橙色やサーモンピンクが現れました。暖色と寒色の対比が強く、元画像とは大きく異なる印象です。
90度回転後のa*–b*色度分布

上の図は、元画像の色度分布を、画像全体の平均色度点を中心として90度回転させた画像の散布図です。
赤い点で示した平均色度点は元画像と同じ位置に保たれていますが、その周囲に広がる各画素の色度分布は、元の形をおおむね保ったまま90度回転しています。
元画像は、黄色や黄緑色を多く含むため、分布は主にb*のプラス方向へ広がっていました。90度回転後は、その広がりが元画像とは異なる方向へ回転していることが分かります。その結果、元画像で黄色の部分は黄緑に、緑色の部分は青緑へ変化し、背景の一部には赤橙色やピンク系の色が現れました。
ここで重要なのは、画像全体を単純に一つの色方向へ移動させたのではないという点です。平均色度点を固定し、それぞれの画素が平均色度点からどの方向・距離にあるかという関係を保ちながら回転させているため、画像内の色は一律には変化しません。
形や明るさは元画像に近い状態で残っていますが、花や葉、背景と色との関係は大きく変わります。そのため、元画像にはなかった青緑色の花や赤みを帯びた背景が現れ、自然界で見慣れた色と素材との関係が崩れていることが分かります。
色度分布を180度回転

花は水色を中心とした色合いとなり、背景には黄色や黄緑色が多く現れました。元画像から最も大きく色の関係が変化し、冷たさや人工的な印象を感じやすくなっています。
180度回転後のa*–b*色度分布

上の図は、元画像の色度分布を、画像全体の平均色度点を中心として180度回転させた画像の散布図です。
180度回転では、平均色度点を挟んで、各画素の色度がほぼ反対側へ移動します。元画像で黄方向や緑方向に広がっていた色度分布は、回転後には青方向や赤方向を含む側へ大きく移り、元画像とは対照的な色彩構成になります。
散布図を見ると、平均色度点を中心として上下左右が反転していることが分かります。元画像で黄色や黄緑色だった花や葉が、水色を中心とした色合いへ変化したのは、この色度分布の反転によるものです。
この処理でも、明度を表すL*は維持しています。そのため、花の立体感や陰影、アレンジメントの形は元画像に近い状態で残ります。一方で、色と素材との自然な関係は大きく崩れるため、冷たさや人工的な印象を感じやすくなります。
90度回転と比べても、180度回転は元の色度位置とほぼ反対側へ移動するため、色彩構成の変化がより分かりやすく現れます。
色度分布を270度回転

花は淡いピンクやコーラル系となり、背景は青緑色を中心とした色合いになりました。柔らかい色調ではありますが、花や葉、背景の色の関係は、自然界で見慣れたものとは異なっています。
270度回転後のa*–b*色度分布

上の図は、元画像の色度分布を、画像全体の平均色度点を中心として270度回転させた画像の散布図です。
270度回転では、元画像の色度分布が平均色度点の周囲を90度とは反対方向へ回転します。元画像で黄方向や緑方向に広がっていた分布は、回転後には赤方向や黄方向を含む側へ向きを変えています。
その結果、元画像で黄色や黄緑色だった花の多くが、淡いピンクやコーラル系へ変化し、背景には黄緑色が現れました。90度回転とは異なる方向へ色度分布を回しているため、同じ元画像からでも全く異なる色彩構成になります。
散布図を見ると、平均色度点の位置は元画像や他の回転画像と同じですが、その周囲に広がる点群の方向が変わっていることが分かります。これは、平均色度点そのものを移動させるのではなく、各画素の相対的な色度位置を回転させているためです。
270度回転後の画像は、ピンクや赤みを帯びた花が多く、柔らかく華やかな印象を持ちます。一方で、葉や背景には自然界で見慣れない色の組み合わせが現れるため、全体としては非日常的な印象も残ります。
4枚の画像を比較して
さて、4枚の画像を比較して、どれが一番違和感がなかったでしょうか。
恐らく、多くの方が最初の元画像を最も自然で、違和感が少ないと感じたのではないでしょうか。
では、それは色彩構成そのものによるものでしょうか。それとも、実際に花や葉が写っていることによる影響なのでしょうか。
そこで次に、花の形や種類といった情報をできるだけ弱め、色彩構成そのものに注目して比較してみます。
32×32に分割し、ランダムに再配置すると
色彩構成そのものに注目して比較するために、それぞれの画像を32×32の合計1,024個に分割し、画像片をランダムに再配置しました。
これにより、花の形や種類、アレンジメントの構図による印象は大幅に弱まり、画像全体に含まれる色の割合や、色同士の関係が前面に現れてきます。
中内教授らの研究でも、絵画を細かな正方形に分割して位置を入れ替えた場合や、異なる絵画の断片を組み合わせた場合にも、原画由来の色彩構成が好まれる傾向が確認されています。これは、描かれている物の意味だけでなく、画像全体の色彩統計が好みに関係している可能性を示しています。
こちらについても、皆さんはどの画像を最も心地よいと感じるでしょうか。




| 図1:元画像の画像片をランダムに再配置 |
| 図2:色度分布を90度回転し、画像片をランダムに再配置 |
| 図3:色度分布を180度回転し、画像片をランダムに再配置 |
| 図4:色度分布を270度回転し、画像片をランダムに再配置 |
色々な感じ方をすると思いますが、皆さんは、どの画像を最も違和感なく感じたでしょうか?
私自身は、元画像を分割した図1が、最も自然で違和感の少ない色彩構成に感じられました。
人は自然界に近い色彩構成を好む
中内茂樹教授による色彩検定協会のセミナー『「なんとなく好き」な色~色と感性のふしぎ』では、絵画の原画と色相を変化させた画像を比較し、人がどの配色を好むのかについて紹介されていました。
研究では、絵画を細かく分割して対象や構図を分かりにくくした場合でも、元の絵画が持っていた色彩構成が好まれる傾向が確認されています。
つまり、人は単に「花が描かれているから好き」「風景だから心地よい」と判断しているのではなく、画像全体に含まれる色の割合や明暗、色同士の関係そのものからも、心地よさを感じ取っていると考えられます。
セミナーでは、人の視覚が自然環境の中で形成されてきたことから、自然界に見られる色彩の規則性に近い配色ほど、好まれやすいという方向でまとめられていました。
空、植物、土、水、光と影など、自然界の色は無秩序に存在しているわけではありません。明るい部分と暗い部分、鮮やかな色と落ち着いた色が、一定の関係を持ちながら共存しています。
私たちは日常生活の中で、こうした自然界の色彩構成を繰り返し見ています。そのため、自然の中で成立している色の関係に近い配色を、無意識に「自然」「調和している」「心地よい」と感じる可能性があります。
色彩研究から考える染色花材の使い方
ここまで見てきたように、人は単色そのものだけでなく、画像全体に含まれる色の割合や、色同士の関係からも、自然さや心地よさを感じ取っていると考えられます。
では、この考え方を花屋の実務に当てはめると、どのようなことが言えるでしょうか。
その一例として、自然の状態では見られにくい色を持つ、染色花材の使い方について考えてみたいと思います。
現代は染色技術の発達により、染めた花材が多く出回るようになってきました。もちろんこれらの花材には、自然の状態では見られにくい色合いのものもあり、一つひとつを見てもきれいなものが多いです。






これらの花材をアレンジの一部、或いはポイントとして使う分には非常に効果的です。しかし、全体の大半を構成してしまうと、素材本来の色との関係が崩れ、何となく違和感が生じることがあるというのが、花屋としての正直な実感です。

もっとも、写真のような花束は、用途によっては非常に印象的で、効果的な商品になります。ただし、染色花材は時・場所・用途を選ぶ花材でもあります。一般のお客様に幅広く受け入れられる商品では、自然な色合いの花材を主体とした方が、違和感の少ない仕上がりになると考えます。
まとめ
人が色を「何となく好き」と感じる背景には、単に赤や青といった単色の好みだけではなく、画像全体に含まれる色の割合や明暗、色同士の関係が影響していると考えられます。
今回、同じフラワーアレンジメントの色度分布を回転させ、さらに32×32に分割してランダムに再配置してみると、花の形や種類が分かりにくくなっても、色彩構成による印象の違いは明確に残りました。
自然の花や葉には、同じ色の中にも細かな明度差や彩度差があり、光と影を含んだ複雑な色の変化があります。こうした自然界の色彩構成に近いものを、私たちは無意識に心地よい、調和していると感じているのかもしれません。


一方、染色した花材には、自然界には見られない鮮やかさや強い個性があります。これらは、作品に印象的なアクセントを加えたり、特別なテーマを表現したりするうえで、非常に有効な花材です。
ただし、一般のお客様に広く好まれるアレンジメントを作る場合には、自然の花や葉を全体の基本とし、染色した花材や人工的な素材は、ポイントとして使う方が違和感の少ない仕上がりになりやすいと考えます。
斬新さや奇抜さを狙う作品であれば、人工的な色彩を大胆に使う方法もあります。しかし、送別、御祝、ご葬儀などの幅広い用途の商品では、自然物が持つ色彩の調和を大切にすることが、多くの人に心地よく感じてもらうための基本になるのではないでしょうか。
参考資料
◎中内茂樹教授「『なんとなく好き』な色~色と感性のふしぎ」(色彩検定協会配信セミナー)
◎Regularity of colour statistics in explaining colour composition preferences in art paintings
※本記事のフラワーアレンジメントに関する考察は、上記の研究及びセミナー内容を参考に、花屋としての実務経験から筆者が考察したものです。
この記事を書いた人

- 代表取締役社長/色彩講師/UC級講師/1級色彩コーディネーター
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こんにちは。福島県郡山市にあるフラワーショップ アリスの代表を務めております、菊地充智です。
元教員としての経験を活かしながら、色彩の専門知識を基に、お客様一人ひとりに寄り添った花づくりを行っています。
全国の産地を自ら訪問し、生産者の声を直接伺いながら、確かな品質と、生産者の想いやこだわりが込められた花を選んでご提供しています。
また、色彩講師(AFT認定)/UC級講師(AFT認定)/1級色彩コーディネーターとして、色彩理論に基づいた花束・アレンジメントのご提案や、色彩と花に関する情報発信にも力を入れています。
さらに現在は、色彩理論と画像解析技術を組み合わせ、画像群に含まれる色彩の傾向を定量的に解析・可視化するWindows向け色彩解析ソフトウェア 「彩力 SAIRYOKU」(商標登録出願中)の開発にも取り組んでいます。
公式サイト:https://sairyoku.net/
色相・明度・彩度・色差などを数値やグラフとして可視化し、花や画像に含まれる色彩を感覚だけでなく、客観的・定量的に捉えられるようにすることで、色彩の実務や教育、研究などにも活用できるソフトウェアを目指しています。
ブログ記事では、花の魅力や産地、生産者の取り組み、色彩に関する知識など、専門的な内容もできるだけ分かりやすくお届けしています。
ご覧いただいた皆様が、花や色彩の奥深さに興味を持つきっかけになれば嬉しく思います。
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