和の生け込みと花の配色:ヘルソンの「順応水準」で考える色彩デザイン

 和の生け込みにおいて美しい配色を生み出すためには、単に花材を選ぶだけでなく、その色彩がどのように見られるかを意識することが重要です。
 日本の自然界でよく見られる色相と、そこから少しずれた色相を取り入れることで、調和と新鮮さを同時に表現することができます。

 本記事では、アメリカの心理学者ハリー・ヘルソン(Harry Helson)が提唱した「順応水準(Adaptation-Level)」理論を基に、和の生け込みにおける色彩デザインを考察します。

和の生け込みと花の配色:ヘルソンの「順応水準」で考える色彩デザイン

日本の自然界で見られる色相の特徴

 日本の自然界で見られる色相は、例えば緑であったり赤であったり、或いは黄色であったりといったイメージができるかと思います。具体的には、杉の葉の緑だったり、熟した柿の実の朱色だったり、雀の体毛の茶色だったりと・・・。
 
 逆に少ない、或いはほとんど見られない色相は、紫や青などの色となります。

 つまり日本の自然界で見られる色相は、赤~橙~黄色~緑が大半を占めていることが分かります。

日本の色相のイメージ図(赤~橙~黄色~緑を中心として)
日本の色相のイメージ図(赤~橙~黄色~緑を中心として)

ヘルソンの「順応水準」と生け込みへの応用

ヘルソンとは

 ハリー・ヘルソン(Harry Helson, 1898年 – 1977年)は、アメリカ合衆国の心理学者であり、特に 「順応水準(Adaptation-Level)」 を提唱したことで知られています。
 彼の理論は、 人間の知覚や評価が過去の経験や現在の状況との対比によって相対的に決定されるというものです。

ヘルソンの「順応水準」とは

順応水準の定義

 順応水準とは、過去の経験や現在の刺激に基づいて形成される基準点のことです。この基準点を基にして、人は新しい刺激を「快」や「不快」などと相対的に評価します。

 順応水準と同じ刺激に対しては快でも不快でも無いニュートラルな反応を示し順応水準から少しずれた刺激は快く感じられる。そして順応水準から大きく離れた刺激に対しては不快を感じるというものです(図1)。

図1 ヘルソンの「順応水準」のモデル図
図1 ヘルソンの「順応水準」のモデル図

(図1:中央のくぼみが中立、少しずれた位置が快となり、大きくずれた位置が不快と評価される)

 例えば日本の男性のスーツの色合いの例を挙げてみます。男性のスーツは一般的にはダークグレーやダークブルー系が多いかと思いますが、多くの人は全く違う色相、例えば紫や赤などのスーツは好んで買わないと思います。

 図2は、順応水準からのズレの大きさによって感じる不快感の強さを示しています。特に赤のスーツを着た人物は、一般的なスーツの色合いから大きく逸脱しているため、最も強い不快感を示す表情をしています。これに対して紫のスーツの人物は、ややズレているものの完全な不快ではなく、適度な刺激を与えることで新鮮さを感じている状態を示しています。

図2 ヘルソンの順応水準による不快の例
図2 ヘルソンの順応水準による不快の例

 赤のスーツを着た男性は、スーツとして広く認知されている色相との差、つまり順応水準と大幅に違うために起こる「不快」の症状が現れた例となります。

自然をモチーフとした生け込み配色の最適解は

 日本の自然界では、先に述べたように 「赤~橙~黄~緑」 の色相が多く見られます。これは季節ごとに変化する植物や花の色彩がこの範囲に集中しているためです。人々は日常的にこれらの色相を目にしているため、それが「ニュートラルな色相」として基準になりやすいと考えられます。

 日本の自然をモチーフとした生け込みを行う場合、ヘルソンの「順応水準」を元にすれば、「赤~橙~黄~緑」より少しずれた色相を入れることで、見る側が心地よくなります。

ピンクを一部に入れた生け込み
青・紫を一部入れた生け込み

 例えば上の生け込み(左側)のように、自然界にあまり見られないピンクを少し混ぜてみる。或いは右側の生け込みのようにブルーや紫を少し入れてみる。そういった、やや色相をずらした花材を一部に入れてみることで、見る側に適度な刺激を与え、心地よい生け込みとなりえます。

銀色や白、紫、青を使った生け込み

 逆にこのような自然界の色相と大きく違った色相(写真では銀色や白、紫、青を使っています)の場合、「斬新」や「芸術的」と評価を受ける場合がある一方で、自然界とは全く違う色相のため、見る人によっては「不快」とまではいきませんが、「自然界には無い違和感」をもたれる場合があります。

自然の色相(赤~橙~黄~緑)と同等の色相で構成した生け込み

 こちらは自然の色相(赤~橙~黄~緑)と同等の色相で構成した生け込み。

 落ち着きや自然らしさはあるが、順応水準から見ればニュートラルで、新鮮さや感動はあまり感じ取れない作例。

 青やピンクなど、やや色相をずらした花材も入れれば、「新鮮さ」や「感動」が味わえる可能性もあります。

図3 ヘルソンの順応水準を基にした、配色と評価の関係
3 ヘルソンの順応水準を基にした、配色と評価の関係

まとめ

 今回は、和の生け込みに対し、ヘルソンの順応水準から最適な配色について考察しました。
 自然界の色相に対してややずらした色も少し入れて作るといいとの結論でしたが、これは自然界と全く違う色を使うことを否定しているわけではありません。

 「芸術」という観点から見た場合、全く違う色相も「制作者の個性を表現する」という観点からは大事だと思います。しかしながらその色合いが、「万人に受け入れられるか」という視点で見ると、「個性的だ」「斬新だ」と評価を受ける一方で、「違和感がある」という感想を持たれる可能性もあります。
 
 その点、ヘルソンの「順応水準からの観点」から「配色するか」「しないか」という判断を選択するだけでも、制作へのアプローチは変わってくるのではないでしょうか?



 

この記事を書いた人

菊地充智
菊地充智代表取締役社長・1級色彩コーディネーター
こんにちは。福島県郡山市にあるフラワーショップ アリスの代表を務めております、菊地充智です。
元教員としての経験を活かしながら、色彩の専門知識を基に、お客様一人ひとりに寄り添った花づくりを行っています。

全国の産地を自ら訪問し、生産者の声を直接伺いながら、確かな品質と生産者の想いやこだわりが詰まった花を選んでご提供しています。

また、1級色彩コーディネーターとして、色彩の理論に基づいた花束・アレンジメントのご提案や、色彩と花に関する情報発信にも力を入れています。

ブログ記事では、花の魅力や色彩などに関する知識を、できるだけ分かりやすくお届けしています。
ご覧いただいた皆様が、花や色彩の奥深さに興味を持つきっかけになれば嬉しく思います。

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